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東京都48歳で解雇27年目の決断!医薬品メーカー営業職から介護施設管理者という異業種への転職体験談

自己紹介

私の年齢は51歳、妻と子供3人の5人家族です。住まいは東京になります。

性格は責任感が強く真面目な方だと思います。このため、いっしょに働く仲間から仕事を頼まれると断れず何でも引き受けてしまう悪い癖があります。資格はTOEIC688点、簿記3級、医薬情報担当者、介護職員初任者研修、社会福祉主事任用になります。この中で社会福祉関係の資格は介護業界に転職してから取得しました。

現在、某介護会社の本社で新しい施設を全国に提供していく施設開発部に所属しています。仕事内容は各地域の介護特性を分析し、新しいタイプの介護施設を提供することです。

転職前の仕事と職務内容

理工系の大学を卒業後、内資系製薬メーカーに就職をしました。仕事内容は医薬情報担当者として大学病院、一般病院、クリニック、調剤薬局、卸問屋などへ訪問し、自社の医薬品を紹介し処方促進をさせることです。

これを簡単に言うと医薬品の売上責任をもった営業職になります。この企業では12名の部下を預かる営業課長まで昇格しました。その後、40歳の時に外資系製薬メーカーにスカウトされ転職をしたのです。この時の仕事内容は前職と大きな変化はなく部下を20名もつ営業所長でありました。

私は営業所長になり一生懸命に働きました。これを助けるかのように新発売された医薬品が日本では新しいタイプであっったため、驚くほど売上が増えたのです。そして私は営業部長になりました。さらに本社勤務となり営業促進部長まで昇格したのです。しかし外資系企業によくある方針転換により、私は48歳で解雇となりました。

それから全くの異業種である介護業界へ移りデイサービスの施設長になりました。

仕事内容は介護保険の請求、契約、一般事務、高齢者の介護と送迎などと様々でありました。暫くしてデイサービスの仕事に慣れた頃、さらにレベルの高い介護施設で働きたくなり、高齢者が緊急時に利用するショートステイへ転職しました。ここでは1ヶ月に2日しか休日がとれないほど激務でありました。

これを約1年間続け、現在は本社勤務になりました。

転職したかった理由、その仕事を辞めたかった理由

私の場合、転職をした理由には3つのパターンがありました。1つ目は給料を増やすための昇進です。その当時、内資系企業はまだ実力主義ではなく年功序列の時代でありました。そのため年収を増やすための昇進には時間が掛かったのです。

丁度その頃に外資系企業からスカウトをされました。

もちろん転職エージェントが介入し年収が300万円以上に増えました。2つ目は会社都合の整理解雇です。これは48歳の会社員にとっては致命的でありました。それは転職をするにあたり48歳の年齢制限は高い壁となりました。

これだけはどんなに頑張っても超えることのできないものです。

そこで何とか就職できたのが介護業界です。

年収は4分の1になりました。ところがこの介護業界で働いてみると非常に奥の深い仕事であると知ったのです。それは介護が医療に強く関係しているからです。さらにこの仕事を極めるために介護業界で一番ハードな介護施設ショートステイへ転職をしました。これが3つ目の転職理由となった仕事のやりがいです。

次の仕事をどうやって探したか

私が転職先を探すために行動したのが3回になります。それぞれに特徴がありました。1回目の転職は外資系からのスカウトです。これはエージェントからのコンタクトに始まり企業紹介、5回の面接になりました。すべてエージェント任せでありました。

2回目の転職の理由は解雇であったため、ハローワーク、リクナビ、マイナビ、リクルートエージェントマイナビエージェントなどすべての方法を利用しました。

この時、リクナビなどからは別業界での営業職の面接依頼がありました。またエージェントからは製薬業界への営業職として人材派遣はどうかと言われました。しかしこれらに納得ができなかった私は、親身になって転職の世話をしてくれたハローワークの相談員に薦められた介護業界を選びました。

そうは言っても知らない業界、かなりの勇気が必要でありました。

3回目の転職は、エージェントの仕事を理解していたため、介護業界専門のエージェント5社を利用して転職先を探しました。決め手は全国展開と施設の種類が多いことでありました。

次の仕事へ転職する際、他に応募した会社

1回目の転職に関しては選ぶこともなく内定が貰いました。2回目の転職は、年齢が48歳であり元々の業界からへ戻る気持ちがなったため、介護業界、不動産、会計事務所、冠婚葬祭など50社以上に応募しました。その中で内定を貰ったのがデイサービスセンターを運営す介護業界の3社だけです。すべてハローワークからの紹介です。

この1社を選んだ理由は介護サービスが中心と考え、家から1番近い施設がある会社に選びました。家族と相談した結果です。

3回目の転職はすべて介護専門のエージェント5社に依頼しました。この時、私の中では多くの介護企業を知りたかったこともありました。だから紹介された企業は5社になりました。

すべて最終面接まで進み2社に内定を貰いました。この時の1社に決めた理由もやはり家から近い施設が基準になりました。そして別の1社を断る時、エージェントへ伝えるだけで良かったため、気が楽でありました。このような時、エージェントはいろいろ良いことを話してきますが、最後に決めるのは自分の勘です。

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転職先を選んだ理由

今から思えば私の転職は3回とも40代で激動でありました。1回目の転職では年収をアップさせる事ができました。その年収は内資系製薬メーカーの課長クラスで約900万~1000万円に対して外資系では1200万円まで増加しました。さらに部長クラス扱いの頃は1500万~1700万円になりました。これは年収アップを考えると大変な成果になりました。

2回目の転職目的は、解雇後であり年齢が48歳になっていたため、とにかく働けるところでありました。それに製薬業界に戻りたくない、でも他の業界で本当に仕事が出来るのか複雑な心境で臨みました。そこでハローワークの親切な相談員から介護業界を紹介されたのです。この時、相談員のアドバイスもあり、もしかして医療の知識が役立つのではないかと私は考えました。

私が最終的に介護業界を選んだ理由はこのような感覚です。いざ介護施設で仕事が始まると製薬業界のような高いプライドがなく、真剣に高齢者の介護に取り組む心の優しい人たちが集まっていました。

これにより私は自然と仕事が身につきました。これは27年間の営業で苦労した社会人生活が役立ちました。特に介護で苦しむ家族とのコミュニケーションには大変薬だったのです。この能力は営業出身だからできる技と考えます。

その後、介護業界で1番激しいショートステイに転職し、そこでもこのコミュニケーション能力が介護で苦しむ最前線の家族と向き合うことができました。今になって振り返れば、これは仕事としてではなく人生のやりがいになっています。

転職して最初はどんな気持ち

私のはじめての転職先である外資系は、入社直後がお客様扱いで慣れてくると人の足の引っ張り合いです。内資系と余り変化はありません。そこを救ってくれたのが年収になります。また外資系では、はじめの頃は緊張しその後は人の目を気にする厄介な場所でありました。会社員の仕事はある意味で人の視線を気にした嫌な世界です。

次の介護施設では、若い介護士以外の年齢層が高く、それに女性が多い環境でありました。はじめはその女性に苦労させられました。年齢層が高い女性独特の癖があります。それは意地悪を何度もされることです。

特に大変だったのが伝達事項の言った言わないことであります。普通の企業であればどちらかが妥協することですがその気配が一向にありません。例えば私が妥協するとその女性は常に自分が優位に立ったことを自慢してきます。ところが介護業界の特徴の1つである人の入換えが激しいことです。このため暫くするとその女性はいなくなります。

そうして半年もすると私に味方する介護士と看護師だけが施設に残ります。このようになると施設の運営が楽になります。その結果、現在のように本社へ入った私が新しい施設を立ち上げると必ず手伝いに来てくれる仲間になっています。私は48歳で違う業界へ転職しましたが、製薬業界一筋で鍛えてきた経験はどこでも使うことができることを知りました。

転職先の仕事は自分に合っているか

27年間製薬業界の営業職として働いてきた知識と経験は、同じ業界だけしか使えないものと長い間考えてきました。

それは製薬業界しか知らない弱さから新しいチャレンジができなかったことです。それが突然、48歳という年齢で業界を去ることになりました。この時は製薬業界へのプライド、そして違う業界へ移った時の恐怖心で凄く迷いました。

この時、邪魔になったのが年収であります。家族や製薬業界専門のエージェントから何度も言われました。でも今から振り返ると製薬業界時代の年収から比べると4分の1まで落ちたのが別の業界で2分の1まで回復しました。それに高齢者の介護は製薬企業の時のように売上を無理矢理出すような仕事とは違い、人の命に関わる瞬間がたくさんあります。

これは普通の会社員では経験がなかなかできないものです。これが仕事の使命感とやりがいに繋がりました。そしてこのような施設を全国に作る新たな気持ちが生まれました。40代での転職は大変だと考えますが、一生懸命仕事に取り組むことで自分に合った仕事に変身することを知りました。

生活や自分自身の変化について

27年間の製薬業界での会社員時代は、平日が24時間営業で休日が接待などになりました。

これは精神的にも肉体的にも自分のためなのか、それとも会社のためなのか度々分からなくなりました。そのため休日があっても疲れが取れなかったのです。ところが介護施設に転職をしてから肉体的な活動が増え精神的な疲れは高齢者やその家族の笑顔に救われ全身から満足できるような仕事になったのです。

これは製薬業界と同じように少ない休日となりましたが、肉体的と精神的に満足すると休日のも元気が溢れ家族と出掛けることも増えました。昔の先輩や友人からは介護の世界は給与が安いのだろうと言われますが、顔色は私の方が健康的になりました。

同様の経験、悩みを持つ方へのアドバイス

私は3回も転職をしてきました。

それも転職には厳しい年齢と言われる40歳からです。その転職の1回目は年収アップになりました。その次が48歳での解雇です。これは誰もが遭遇する可能性があります。ここで会社にしがみ付く方法もあります。

しかしチャンスと考えることもできます。

それは我慢してきた仕事から充実した仕事に変化する機会かも知れないのです。これには大きな勇気が必要です。その時に相談するのがエージェントでありハローワークの相談員です。1対1の相談が有効です。

40代後半でも転職は成功します。その秘訣はまだまだチャレンジできる気持ちです。

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